柴田愛子先生「こどものみかた」

予想通り1時間では終わらない、もっともっとお聞きしたいお話でした。

生活の教科書が『婦人之友』だったお母さまとのおはなし。

羽仁説子先生の「子どもは生まれてきてよかったという体験をすることが一番」に加えて

「楽しかったね」

「生まれてきてよかったと思って人生を終わる」説得力あります。

昨日?一昨日?丹沢のいなせがわ上流での5歳さん34人との川遊びのお話があふれ出ます。

いろんな子がいます。

・歩いているだけで幸せ

・川の生き物を見つける。オタマジャクシーカニー蛙(生まれて初めて捕まえて・・・)

・石を集める子ーいっぱい・光る石だけ・つるつるの・お母さんがすきそうな石・・・・

・川に入らない子もいる。

・水着に着替えない子も(親はせっかく買ったのに・・・・)

愛子先生:

学生時代、お風呂に入ったら試験勉強したのが流れてしまいそうで入らなかった。
新しい服や靴はハンガーにかけたりしててなじみができてからでないと駄目だった。

☆専門家や親は「こんな子にそだってほしい」

子ども自身はどう思っているか?

それで「子どものやりたい」を保証する「りんごの木」を開設されたそうです。

子どもの見る世界を知ろうとする愛子先生の思いに打たれました。

「あきれながら見る!」のだそうです。

公園の水のみの水道のお話が具体的で面白かったです。

2,3歳のイヤイヤ期。

自分を認めてほしいのだから、トイレ行かないと言い張る子に「行きなさい!」というのは無駄。

じゃあ、お母さんと行く?一人で行く?と選択させれば解決する。なるほど。

「手が付けられなかったら、手を付けない」「手に負えなかったら、負わない」

この時期は「私が人生の主役!という樹を育てる根っこなのです」は、深いなあ。

四角の西瓜の例を出して、親の都合の良い四角い箱に収まる子は味がありませんよ。然り。

親は子どものためとあれこれしていたはずだったが、子どもは大学進学で一人暮らしをして

「ごめんなさい」

親の言うとおりに生きられなくてごめんなさい。

だから死のうとしたけれどそれもできなくて「ごめんなさい」

この親子は現在二人で力を合わせて不登校の子の場を作る働きをしているそうです。

 

言葉を持たずに生まれた子供たちも4歳児になると「言葉で考える」ようになり、

5~6歳児になると、これが楽しくて喋りたくなります。だけど親はうるさくて

「わかったわかった、あとで」子どもにあとではありません。

 

親が一番うるさいのは朝だそうですね。早く早くと

子どもには「早く走れば遠くに行ける!」はわかりますが「早くしないと遅刻する」という思いはないのです。言い聞かされそれに納得する子はいません。親は自分の生活のために「早くしなさい」といいます。そしてもしそれを言わなかったら「ストレス」になるのです。

子どもは自分の発達段階に応じたことをしています。

スイッチを何回もぱちぱち・・・・

ティッシュペーパーを何枚もひらひらと・・・・

物を投げる・・・・

重いものを持ちたがる・・・・

滑り台もそうです。2歳までは上から滑ります。

ところがそれ以上になると下から登ります。

親は「滑り台のルール・・・・上から滑る」を振りかざします。

こどもは足が強くなり腕力も付いたので、下から登ろうとするのです。

4歳になると「研究」が始まります。上からなんでも滑らせてみるのです。

5歳になるとちょっと危険なことをします。8割大丈夫で2割の勇気があるからです。

心が動くからです。

子どもが自らチャレンジすることで大きなケガはしません。

おとなは訊きます「どうしてそんなことをするの?」

こどもは「だって好きなんだもん」

やってみたいと思ったら子どもは天才的な能力を発揮します。

その子の機が熟してきたと見守るおとなは、子どもは信用できると思っています。

 

子どもは豊かな心を持って生まれましたが、言葉を持っては生まれていませんの言葉は全世界の人に聞かせたいです。大人はことばで知ろうとする。わかった気になる。

子どもは心で心を知ります。

父子家庭の子が「りんごの木」にきました。父と別れて泣いている子に3歳の子がそばにずっと座って背中をさすっていました。

「どうして横に座っていたの?」と訊くと「頑張ってるなあと思って」と。

これが寄り添うということ。

大人は子どもに寄り添っていますか?子供を寄り添わせているのでは?

不登校や引きこもりの子には「ここにおいで」と膝を出して寄り添うおとながいればいいのです。4年生以上は親や学校の先生の膝にはいかないそうですね。

子どものころ大人から見てハチャメチャな子は、魅力的な大人になるそうですよ。

『暮しの手帖』5世紀10号に柴田先生は「迷惑かけたっていいじゃない」を書かれました。

子育てしにくい社会は、親と子だけの太い線だけしかないからです。

他の人に「助けて!」と言ったら恥ずかしい、迷惑かけるのはいや。

閉鎖的な現代社会は親を追い詰めています。

昔は近所のお節介おじさんおばさんが、何かと手助けしてくれました。

今はスクールヘルパー、ブックヘルパーなどとボランティアの方が学校に来られていますが、どうなんでしょう。線はつながっているのでしょうか。

迷惑かけないで人は生きてはいられません。

終わりに紙に書かれたのを見せてくださいましたが、書き写せませんでした。

やっとこれだけ・・・・・

・生まれてきてくれてありがとう
・早い・普通・遅いの比較評価は親も子も苦しい
・子どもの心に沿う
・親はわけを知りたがる。子どもは気持ちをわかってほしい。
・ホッとする我が家があれば・・・・
・どう育てようではなく、どう育っているか
・我が家の文化がゆとりになる
・オランダは一家だんらんの時間を国が保証し、子どもの幸福度が世界一。
・子どもを育てるのが、今は苦しい時代。それを緩めるのが人畜無害のおじさんおばさん。

 

この後質問の時間。

Uさん:どうして親子の関係は太くなったのですか?

先生:5歳児のお泊り保育で30年前は泊まれなかった子はいなかった。祖父母の家や親せきの家に泊まるのは普通だった。今はお母さんと離れることのハードルが高い。それだけ親子べったり。高学年になっても母と寝ている息子、父と寝ている娘がいる。すべてを家の中で解決している。

Oさん:あれ駄目とかこれ駄目とかいうことが多すぎて・・・・

先生:全部書き出してみなさい。子どもはやりたいことで自分を燃焼させている。だから「見守るけれど止めない」親に。でも、絶対やってはいけないことは烈火のごとく怒って止めなさい。私が止めることは死に至るような危険なこと。もう一つはいじめ。1対1は喧嘩。でも1対2はいじめ。二人になると強くなると子どもは知っている。「〇ちゃんはりんごの木に来なくていいよ」といったとき怒りましたよ。言葉のいじめですから。怒るときは最大の力で・・・顔つき・声のトーン・態度・・・シンプルに迫力もって絶対のNO!

例・4歳が母の財布からお金を持ち出してと相談・・・・先生「涙を流して怒りなさい」その子は1年生の時上級生に「お母さんの財布から100円持ってこい」と脅されたけれど、あの時のお母さんの顔が浮かんだから持っていかなかった。トラウマではありません。母の思いが伝わるのです。

最後の先生の「もっと子どもを楽しみましょう」いいですねえ。