能登半島地震から1カ月  「何ができるか考えよう 被災地で支援・取材をした藍原寛子さんのお話」

オンラインイベント2月1日(18時半~20時オンライン)558名の参加。

福嶋在住ジャーナリスト藍原寛子さんのお話。

1月5日~9日まで現地滞在。「何ができるか考えよう」のきっかけになればと婦人之友社のこの企画を受けました。小学生だった1978年宮城県沖地震を経験。これまで体験および取材したのは

2005年8月末のハリケーンカトリーナ(米メキシコ湾岸を襲う。ルイジアナ州ミシシッピー州で死者1420名)
2005年10月のハリケーンウイルマ(カリブ海地域を襲った北大西洋では史上最強)など多数。    2011年3月 東日本大震災と福島原発事故                          2024年1月 能登半島地震  富山県氷見市に拠点を置き、オーストラリアSBSと取材。       気をつけたこと:東日本の経験からささやかでも物資を持っていく。被災地に入るには、自分の目で見ての判断が求められる。まっさらな目で見る、決めつけないこと(テレビの情報でなく)を留意した。

・初期対応の遅れ:この地域は「安定政権」のせいか、東日本大震災の教訓が生かされていない。(段ボールベッドやテントや寝袋の備蓄がなかった) 市民ボランティアの姿がない。ボランティア自粛と言われたが避難所は手一杯。普通の人がボランティアする利点は「集合知のミツバチ」情報交換。
雑魚寝の避難所の方は疲れて会話がなくシーンとしている。それがいちばん気になった。

・宮城県警広域緊急特別捜索隊の方で、子どものころ東日本大震災に遭った方が大きくなってこの場に救援に来られていた。

・断水型震災によるトイレの問題・工事現場の箱型のトイレは和式なので高齢者は大変。人権・プライバシーの問題も。水がなくノロウイルスなど感染症多数。エコノミー症候群。衛生面の問題。

・耐震診断が進むと施設に被災者が集まってくる。

・とにかく寒い:航空自衛隊による風呂の提供があったが、ドライヤーがない。髪を洗ってほっとしてもそのまま避難所へ帰る道が寒い。日本型の長いタオル(日本手拭い?)を喜ばれた。支援するのに何が必要か考えることが大事。

・被災した人が被災者の世話で大変な様子だった。高齢化の中での災害を考えないといけない。

・避難所問題:数人集まるとビニールハウスでもそこが避難所になる。指定の避難所が初期掴めてなかった?のではないか?

・志賀原発は定期点検中だった。私はガイガーカウンター持って行ったが、原発半径80キロ以内の人はガイガーカウンター持っていなければならない時代ではないのか?

・ショックドクトリンが起きやすい:テロや大災害など、恐怖で国民が思考停止しているさなかに、為政者や巨大資本がどさくさに紛れて過激な政策を推し進める悪魔の手法。

・もっと生かしたい過去の震災の教訓:避難所の状況や避難の仕方は後戻りした感がある。真冬感染症など課題がい多い。

・直接的支援:物資を持っていく。炊き出し。足湯。話し相手。がれきの撤去。ボランティアセンター経由で現地活動。避難者の受け入れ

・間接的支援:NGOや活動団体への寄付。情報を収集する。現状を伝える。支援する人を支援する。

・心理的な距離:悲しみ辛さの共感、共鳴、共有。「一緒に居る」「自分と一緒」という思い。

・東日本大震災を海外メディアは不正確な情報をセンセーショナルに流したが、ジャパンタイムズ大阪支局長のエリック・ジョンストン氏はそうではなかった。日本の状況をいろんな言語で拡散することも支援の一つ。

・末長い支援・婦人之友や友の会は十三浜支援を続けている。十三浜ワカメクラブ。

・仮設住宅に入ると孤独感。

・長くかかわることが支援:末長く被災地に心を向ける。手仕事、針仕事など小さな手仕事が気が楽になる。みなさんが何かできることを支援すること。

・都会と地方の違い:都会はコンビニがあるとOKだが、地方は皆で支え合う暮しをなくした喪失感があり、辛い。これまでの歴史やいろいろな生業を伺うことが大事。支援を控える人が多いので、継続すること、一緒に体験すること、寄り添うことが大切。

・政府が出した能登半島旅行者への「支援」は、経済優先被災者切り捨てではないか。棄民?

・一番つらかったのは、取材を終えて福島へ帰るとき。被災された方のことを思うと胸が苦しかった。そのためにも被災された方と、時間と場所を共有し語りあう機会を作りたい。高齢施設の方や避難所の方とのやり取りをいまだに続けていますとのおはなしでした。

参考文献『悲しむことは生きること』蟻塚 亮二著                      その中の言葉: 悲しむことの前提には人間に対する信頼感がある。それは見えなかった未来が見えることである。だから「悲しむことは生きること」なのだ。

★☆『婦人之友』3月号60p「末長い支援をー能登半島地震被災地より」藍原寛子さんをお読みください。同じく66pの「18歳の君へ 被災者支援」 湯浅誠さんも。